2005年02月03日

節分

「節分」は本来、季節の移り変わる時の意味で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を指していた。
特に立春が1年の初めと考えられることから次第に、「節分」といえば春の節分を指すものとなった。立春を新年と考えれば、節分は大晦日にあたり、前年の邪気を祓うという意味をこめて、追儺(ついな)の行事が行われていたわけで、その一つが「豆まき」。
追儺は「おにやらい」とも読み「鬼遣」と書くこともあります。
読んで字のごとく鬼を追いやる行事で、平安時代、陰陽師たちにより宮中において大晦日盛大に行われ、その後、諸国の社寺でも行われるようになった。
古く中国に始まり、日本へは文武天皇の頃に伝わったと言われている。

一般的には、豆まきは年男(その年の干支を持つ生まれの人)、または、一家の主人が煎った大豆をまき、家族は自分の歳の数だけ豆を食べるとその年は、病気にならず長生きすると言われている。

ここで、「豆まき」の由来。

これは、陰陽五行、十干十二支という考え方が大きく関わっている。
風水や家相などの東洋占星術でよく使われる言葉で「鬼門」がある。
「鬼門」は、昔の中国の道教の影響があると言われており、冥府の神として信仰されていた「秦山府君」が住むと言われていた山が北東にあったことから、冥府→北東→鬼門と言われている。

鬼門の方角は十二支では、丑と寅の方角(うしとら)に当り、鬼の姿はこの牛の角をもち、トラのパンツを身に付けている。
ここで、丑というのは12月を、寅は1月を指します。ちょうど12月から1月にかけての季節の節目に「鬼門」があるのだ。

鬼門は鬼の出入りする方角でこの邪気を祓うことにより、春が無事に迎えられると考えられていた。ここで陰陽五行の法則の登場となる。
五行とは、自然の道理を木、火、土、金、水の五元素の事を表しており、この「金」というのが、硬いとか、厄病という意味があり、鬼の象徴で鬼が金棒を持っているのもこの「金」の象徴である。
この「金」の作用をなくすのが、五行でいう「火」に当る。
大豆というのは、とても硬いという事で、「金」に当る。つまり、鬼を指す。
これを火で煎る(火が金を溶かすという火剋金の作用)と同時に、豆まきで外や内にこの大豆がばらまかれて結局、人間が食べてしまうことにより、鬼を退治することになる。
また、豆をまく事により、五行の「木」を助けるという事で、「春の気を助ける」から「春を呼ぶ行事」でもある。
posted by 月の風 at 22:13| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 道教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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